KARUNA TI LA
カルナティーラ
ブログ
信仰の礎①
去年は宗教にまつわる事件が起こり、今まで水面下にあった問題が噴出し、宗教や信仰に対して社会的にも厳しい目が向けられています。
真面目に信仰を大事にしている多くの常識的な人から見れば、迷惑かつ悲しい話ではないでしょうか。
私も神仏を大事に信仰しておりますが、お客さんにお話するのは次の2点です。
①地元の神様(神社)へ挨拶に行くこと
②ご自分のご先祖を大事にすること
これは日本人なら当たり前のことです。
この2点をきちんと行った上で、他にも何かやりたければご自由にしたらいいと思います。
地元の神社は氏神様とも言われますが、1日と15日に月2回参拝出来ればまずまず。仕事等で行けなければ違う日でも良いのです。
たくさん行きたい人は毎日でも行ってください。自由です。
参拝の時は名前と住所を言って、「いつもありがとうございます。」だけでも良いし、特に祈願をかけたければお願いすれば良いと思います。
神様に頼むだけで、自ら努力しないのはだめですよ。
ご先祖様はお墓参りが第一。
香華といって、お花とお香にお供え物を持ってお参りに行きましょう。
お寺によってはお花やお香は現地でも買えます。
食べ物のお供えは持ち帰りましょう。放置すると虫や鳥が汚してしまいます。
お墓参りは没後33年以内の故人の月命日に毎月行ければベストです。
これに盆と彼岸なども加えていきます。
現実問題として毎月の命日は難しいという場合は月命日でなくともいいですし、所用で行けない月はしかたありません。
何でも理想はありますが、私たちも日常生活に縛られていますので、無理なく出来る範囲で良いのです。
要は、気持ちがご神仏、ご先祖に向いているかどうかです。
以上の事から、お墓は近くて通える方が良いです。
最近『墓仕舞い』という言葉に乗じて、ご先祖の供養を放棄しようとする風潮があります。こんな事は言語道断です。
ご先祖も墓も、ただの物じゃありません。
可能な限りは子孫でご供養してください。その分、たくさんの福を出してくれます。
墓仕舞いは、ついに家系が絶える時に、最後の最後に永代供養でお寺さんにお願いするべきです。
墓があまりに遠くにある場合は近くに改葬することも検討できます。
墓相的な理想はコンパクトでも墓石を建てることで、納骨堂より良しとするのですが、「遠くのお参りできない墓より、納骨堂でもこまめにお参りに行ってる家の方が運気も良い。」とは先生の談。
私も鑑定していて思うのは、墓をなくして参る所が無い人たちは、正直どうしようもないです。
先祖の福徳も来ないので、本人の運気だけでいく事になりますが、星が強ければまだ一花咲いても安定感がないし、弱い星だとどうにもなりません。
要は根無し草なのです。
地元の神様と、ご先祖供養を大切に、盤石な運命の基盤を築いて頂きたいと思います。
信仰は道徳であり良心です。
心を支える信仰
昔、先生が「東北の信仰というのは、風が吹いたら風を拝む、雨が降ったら雨を拝む、という素朴さがあって良いですね。」とお話されていたのが印象に残っています。
そんな素朴な信仰を体現するような、でもエネルギーに充ちた東北の仏像の展覧会が東京駅で開かれているので、行ってこようと思っています。
東京ステーションギャラリーで開催中の『みちのく いとしい仏たち』です。
仏像を造る際の決まり事である儀軌に縛られず生み出されたとの事で、荘厳な仏像とは一味違うユニークな仏さまたち。
この展覧会の監修をされた、弘前大学名誉教授の須藤弘敏先生は、「みちのくの仏像は、なぜかわいいのか?」と頻繁に聞かれるそうで、その答えが「北東北では、それだけ悲しいことや悔しいこと、辛いことがたくさんあったから」だそうです。
(引用元:https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1552568.html)
上の記事もとてもおもしろいです。
過酷な自然環境の中、厳しい生活を支えた信仰の世界が垣間見れるのではないでしょうか。
国際宝飾展
東京ビッグサイトにて1/20まで開催中の『国際宝飾展』へ行ってきました。
宝石の祭典というだけあって、右を見ても左を見てもキラキラの宝石群。
巨大な会場でウロウロ、雰囲気を楽しんできました。
私たちはふだん御徒町や浅草橋の問屋街で、一般向けに小売りもしてくれる店で仕入をしています。
宝飾展は、ふだん入れないような業者向けの店が出店していて、商品を見る事ができて良かったです。
もちろん収穫も!
姉が大枚をはたいて、素敵な素敵な石を仕入れました。
↓ アフガナイト。もともと産出も少なく、高品質な物は貴重だそうです。
とても綺麗ですよ。作品になるのが楽しみです。
私は、(まさかお姉ちゃんがこんなに高級な石を買うなんて!)と心中ひそかに思っていましたが、綺麗であまり見ないものだし今日の出会いだから、という事で覚悟したようです。
それだけ魅力的な石だといえますね。
購入した後も何度も出しては眺めていましたから。
きっと作品になって誰かのお手元に届いたら、うっとり眺めてしまうと思う。吸い込まれるように綺麗だから。
私は優しいオレンジ色の雫型のムーンストーンを購入しました。
アフガナイトよりお値段もだいぶ優しかった。(笑)
適当に撮ったものなので、写真がいまいちですが、実物はニュアンスのあるカラーでとてもいいですよ。
満足のいく買い物が出来て、展示会へ行って良かったです。
これから製作して、作品の発表が楽しみです。
合格の一報
受験シーズンですので、結果のご報告が届く時期になりました。
受験に関しては、進学するご本人からというより、親御さんや祖父母からのご相談が多いです。
うちの子は大丈夫か?とか、どこの学校が良いか?というご相談が事前にあります。
お孫さんが推薦枠で落ちてしまい、気が気でないというお宅があったのですが、無事に一般受験で合格をしたとのこと。
一回落ちてしまった後に当人のやる気が見られず、成績も下降していると大変気を揉んでらしたので、本当に良かったです。
ご家族もホッとしたとのこと。嬉しいご連絡で何よりでした。
先日ブログで言及した花買い用法もなさっていたお宅なので、花買いの効果と喜んでおられました。
一番はお孫さんが本試験でがんばったからの結果ですが、終わり良ければ総て良し。
春からの新しい学校生活を存分に謳歌してもらいたいと思います。
このところ暗いニュースも多いですが、若い子たちの未来の希望に繋がるようなニュースは嬉しいですね!
天災というもの
前回の卯年で東日本大震災があって、今回の卯年(節分までは前年)で能登の大地震、どちらも未曾有の大災害となってしまいました。
連日のニュースには胸が痛みます。
なんでこんなめに・・・となるのも最もです。
自然界は非情です。
大地震、水害、噴火、台風、とりわけ日本列島は災害の集中する所ですから、どこで何が起きてもおかしくありません。
私はこのように教わりました。
「天災には個人の運気は関係ない。個人の運気が良かろうが悪かろうが、良い人だろうが悪い人だろうが、その地域にいる人に等しく降りかかるから怖ろしい。」
占いで災害が予測できないのか、という疑問もありますが、これは難しいです。
なぜならば天の事だから。
私たちは人事を占っており、天の事は自然界の範疇ひいては神仏の領域です。
天の采配はどうにもなりませんし、わかりません。
たゆまず研究はされていて、後付けの理由や解釈はいくらでもできます。
兆しを掴む事はできます。
しかし、正確に、ピンポイントで、毎度確実に、とはいきません。
天の事は人間が見れる範疇を超えた所にあります。
だから、どうしようもない。
今の時点で、それを見る技術が私たちにありません。
占いなんてそんなもんかと言われればそうかもしれませんが、では最先端の科学でも地震の予知は難しく、天災というものがいかに人間の叡智を超えた所にあるかは判然としていると思います。
災害の後には必ず、○○が予言していたという話題が出てきます。
真偽はさておき、だからといって救ったわけじゃない。
むしろ結果を見たら、無力感で虚しくならないのでしょうか。
当たった!と言ってたって、多くの人が犠牲になっていたら、後から何の意味があるのでしょう?
災害には、日ごろからなるべく備えるしかありません。
生き延びれるかどうかはその場の運として、被害や避難の想定と、備蓄をする事が準備の第一歩では。
大地震が起きたら、我が家の場合は都会なので、火災と古いビルの倒壊が必ずあります。
下町に住んでいるので、絶対倒れそうな古いビルがいくつもあります。道も細いし出火したら超危険地帯。
家に残れるか、放棄するか、どのルートでどこへ行くかとか、いくつかパターンを想定しています。
出先だったらそこでベストを尽くすしかありませんね。
常に何が起きるかわからない自然に対して謙虚でいなければ。

