KARUNA TI LA
カルナティーラ

ブログ

2024-01-23 23:26:00

お墓参りのしかた

お寺へお墓参りへ行った時に、皆さんご自分の家の墓へ直行している人も多いと思います。

墓石をタワシ等でゴシゴシして、お花やお線香をお供えして手を合わせて帰宅の途へ着くという。

所用時間10~15分程度でしょうか。

墓を清掃しない場合は5分かからないくらいでしょうか。

 

我が家のお墓参りはトータルで1~2時間ほどかかります。

どのような流れでお墓参りするかというと、次のような順序になります。

 

①お寺の敷地へ入る前に門で一礼

②入口の地蔵尊に軽くご挨拶

③本堂の前にてご本尊様を拝む

④歴代住職の供養塔にご挨拶

⑤自家の墓の向いと両隣の墓にご挨拶(他家の墓の敷地には決して入らないこと)

⑥自家の墓の清掃

⑦自家の墓に香華と食べ物をお供えして拝む

⑧無縁塔に線香を手向ける

⑨境内の観音堂や地蔵堂を巡拝する

⑩本堂の前にてご本尊様にご挨拶する

⑪帰宅

 

詳しく説明します。

寺へ着いたら、神社の入り方とは逆サイド側から一礼して門をくぐり、入口のお地蔵様に軽くご挨拶をしてから、本堂の前にてご本尊様にご挨拶します。

私の挨拶の仕方は「どこそこの○○です。いつもご先祖様と家族をお見守りお導き頂いてありがとうございます。」という感じです。

ご本尊様がそのお寺の中心ですから、必ず着いたらまずご本尊様にご挨拶。

うちは浄土宗なので念仏をします。

本堂はふだん開いていないので、外からご本尊様に手を合わせます。

次に、歴代住職の供養塔にて、お世話になっておりますというご挨拶をします。

この時も供養塔の敷地には入らず外から手を合わせます。

それからやっと自家の墓掃除に取り掛かります。

その際、両隣と向かいの墓には境石の外から、ご先祖様がお世話になっております、というご挨拶もします。

墓が隣り合うのも何かの縁。ご近所付き合いのようなものでしょうか。

昔は隣と向かいの墓にも一本線香するように教わりましたが、今それをやるとちょっと不審に思われやすいので、ご挨拶だけしています。

墓掃除は、周辺の共用の道の掃き掃除をし、自家の墓の敷地の草取りをし、それから墓石をきれいにします。

銀杏シーズンは大量の銀杏の落ち葉と落下して潰れた銀杏の清掃に追われますが、毎年収穫した銀杏をご住職が分けてくださるので、いつもありがたく頂いています。

墓石を洗う時は、タワシでゴシゴシではなく、水を流しながら素手で墓石をきれいに洗いあげていきます。

竿石という上の段から下の段へ順にやります。

下の段まで終わったら、きれいな乾いたタオルで、また上から水滴を残さないように拭きあげていきます。

毎月やっているとピカピカになります。

ただ、冬場は素手だととても寒いので、家からお湯を持っていき、あらかじめお湯で濡らしてから堅く絞ったタオルで墓全体を拭きあげるという簡易版でやります。

素手で洗うのは、竿石はご先祖様の身体ですから、タワシでゴシゴシだと痛いので通常は手で丁寧にきれいにしていくのですが、冬はさすがに凍傷になってしまいますので、温かくした濡れタオルで拭いて代用しているのです。

何でも続けるためには工夫です。

プランAが理想でも、無理なら現実的なプランBを採用すればいいということ。

こういった事は、ご先祖様に失礼にならない範疇で、皆さんも工夫してみてください。

冬に冷たい墓石を洗うのは嫌だからやらないのではなく、出来る方法を編み出せばいいのです。

ちなみに墓がオーソドックスな3段の場合、竿石がご先祖の身体、真ん中の段が動産、一番下の段が不動産というように、その家の運気とリンクしますので、どの段も傷が入ったり鳥のフンで汚れたりしないように気をつけてください。

竿石に傷が入りますと、生きている家族の身体にも影響が出たりします。

私が「墓石はただのモノではない」と言うのは、こういった事が根底にあります。

お墓をきれいにしたら、お花、線香、食べ物をお供えします。

そして、ご先祖様に手を合わせて拝みます。浄土宗ですから念仏も必須。

南無阿弥陀仏に始まり南無阿弥陀仏に終わるというくらい、とにかく拝む時は南無阿弥陀仏します。

長いお経しなくても南無阿弥陀仏すればいいや、とものぐさが発動しがちで怒られそうですが、念仏さえ唱えれば何とかなるのは浄土宗ですので。

自家のお墓を拝んだら、お供えしてある線香の束から一本もらって、無縁塔へ行きます。

ご先祖様から頂いたお線香を無縁塔へお供えします。「無縁さんのために。南無阿弥陀仏。」

そして自家の墓へ戻ってお供えの食べ物を下げて、これは後ほどおさがりとして食べます。

自家の墓参りが完了したら、境内にあるお堂や石仏を巡拝します。

観音堂や地蔵堂ではお線香もお供えして、真言を唱えたりして拝みます。

境内を巡拝し終わったら最後にまた本堂前にて、ご本尊様に無事にお墓参りに来れた事の感謝を申し上げて、南無阿弥陀仏して帰ります。

帰る時は、普通の参拝の時のように門を出てから向き直って一礼する、というのはやりません。

お墓参りの時は門を出る時に振り返らずに、そのまま帰ります。

何かついて来ても困りますので。

出る時も神社の時とは逆サイド側から出ます。

神社とお寺はいろいろと、左右を逆にします。

とても説明が長くなりましたが、以上は私が教わった事を、我が家流にアレンジして実践しているのです。

これでも細かい事は書ききれませんが、皆さんも宗派のやり方や、家、土地の慣習に合わせて、充実したお墓参りをして頂きたいと思います。

お墓をきれいにして拝んだ時ほど、清々しい心持ちになる事もそうありません。

以上は菩提寺に付属した墓の場合ですが、寺墓地の良い所は本堂があってご本尊様がおられるので、お墓参りと信仰が統合した参拝ができる事だと思っています。

どこかの寺の廻し者ではありませんが、管理のきちんとしたお寺さんであれば、いろいろと安心ですし、我が家は御仏に見守られているという安心感も代えがたいものです。

すでにお墓のあるお宅はご先祖様を大切に、ご供養というものの本質を考えて頂きたいと思います。

2024-01-22 22:51:00

信仰の礎②

前回のブログで、地元の神社を参拝すること、ご自分のご先祖を大事にご供養すること、この2点について書きました。

今回はその続きです。

私が鑑定していて気になるのは、上の2点がきちんと出来ていないのに、やれパワースポットだの御朱印だのと、遠くの神社やお寺にはホイホイ行く行為です。

これは感心しません。

それで都合よく恋愛運やらナントカ運を出してもらえると思ったら、大きな考え違い。

やはり、一番身近におられてご加護を出してくださる、地元の神様をおろそかにしてはいけません。

神様には管轄があるので、自分の居住地の管轄の神様に頭も下げず、よそへは行くというのも変な話。

私が教わったのは、よその土地の神社へ参拝へ行く時は、先に必ず地元の神社へ行って、いつどこそこの神社へ行って参りますとご挨拶をしてから行く事、と。

これをすると地元の神様から旅先の神様へ、「うちの方からこういう者が参拝へ行くのでよろしく」と連絡がいくそう。

そうすると旅先でお参りした時に、「よく来たね、連絡もらっていますよ」という事になるそう。

神様連絡網ですね。

これを「通しをかける」と呼んでいます。

どこの馬の骨かもわかんないのが事前の通しもなく行って、いきなりあれこれ頼んだって相手にされません、という事だそうです。

私も参拝旅行の多い人間ですから、事前に通しをかけるのは必ず守っています。

「いつからいつまで旅行に出て、参拝予定はどこそこです、他にもご縁があればお参りさせて頂きます」と、こんな感じで地元の神様に旅の無事を祈りつつ、事前の通しをかけて行くのです。

日帰りでも、もちろんちゃんとやります。

そして大事なのは、お礼参りです。

旅から戻ったら、「無事に帰りました」とまたご挨拶に行きます。

神様のお陰で、旅先でも毎度とても良い参拝をさせて頂いています。

私はこのように要点を押さえながら、全国各地にある信仰している社寺へお参りしているのです。

ただ行って、はいおしまい、ではなく仕込みがあるのです。

参拝旅行についての例を出しましたが、他にも様々な事柄でお世話になるのですから、地元の神様は日頃からよくお参りしておくことが大切です。

ご先祖様もしかり。

ご先祖様も大事にしないような人が、あちこち行って願いごとばっかりしていても、身勝手な人間としか思われないでしょう。

ご神仏から見たら、自分はどうかという視点も必要です。

『天は見てござる』です。

2024-01-21 23:50:00

信仰の礎①

去年は宗教にまつわる事件が起こり、今まで水面下にあった問題が噴出し、宗教や信仰に対して社会的にも厳しい目が向けられています。

真面目に信仰を大事にしている多くの常識的な人から見れば、迷惑かつ悲しい話ではないでしょうか。

私も神仏を大事に信仰しておりますが、お客さんにお話するのは次の2点です。

①地元の神様(神社)へ挨拶に行くこと

②ご自分のご先祖を大事にすること

これは日本人なら当たり前のことです。

この2点をきちんと行った上で、他にも何かやりたければご自由にしたらいいと思います。

地元の神社は氏神様とも言われますが、1日と15日に月2回参拝出来ればまずまず。仕事等で行けなければ違う日でも良いのです。

たくさん行きたい人は毎日でも行ってください。自由です。

参拝の時は名前と住所を言って、「いつもありがとうございます。」だけでも良いし、特に祈願をかけたければお願いすれば良いと思います。

神様に頼むだけで、自ら努力しないのはだめですよ。

ご先祖様はお墓参りが第一。

香華といって、お花とお香にお供え物を持ってお参りに行きましょう。

お寺によってはお花やお香は現地でも買えます。

食べ物のお供えは持ち帰りましょう。放置すると虫や鳥が汚してしまいます。

お墓参りは没後33年以内の故人の月命日に毎月行ければベストです。

これに盆と彼岸なども加えていきます。

現実問題として毎月の命日は難しいという場合は月命日でなくともいいですし、所用で行けない月はしかたありません。

何でも理想はありますが、私たちも日常生活に縛られていますので、無理なく出来る範囲で良いのです。

要は、気持ちがご神仏、ご先祖に向いているかどうかです。

以上の事から、お墓は近くて通える方が良いです。

最近『墓仕舞い』という言葉に乗じて、ご先祖の供養を放棄しようとする風潮があります。こんな事は言語道断です。

ご先祖も墓も、ただの物じゃありません。

可能な限りは子孫でご供養してください。その分、たくさんの福を出してくれます。

墓仕舞いは、ついに家系が絶える時に、最後の最後に永代供養でお寺さんにお願いするべきです。

墓があまりに遠くにある場合は近くに改葬することも検討できます。

墓相的な理想はコンパクトでも墓石を建てることで、納骨堂より良しとするのですが、「遠くのお参りできない墓より、納骨堂でもこまめにお参りに行ってる家の方が運気も良い。」とは先生の談。

私も鑑定していて思うのは、墓をなくして参る所が無い人たちは、正直どうしようもないです。

先祖の福徳も来ないので、本人の運気だけでいく事になりますが、星が強ければまだ一花咲いても安定感がないし、弱い星だとどうにもなりません。

要は根無し草なのです。

地元の神様と、ご先祖供養を大切に、盤石な運命の基盤を築いて頂きたいと思います。

信仰は道徳であり良心です。

2024-01-20 23:31:00

心を支える信仰

昔、先生が「東北の信仰というのは、風が吹いたら風を拝む、雨が降ったら雨を拝む、という素朴さがあって良いですね。」とお話されていたのが印象に残っています。

そんな素朴な信仰を体現するような、でもエネルギーに充ちた東北の仏像の展覧会が東京駅で開かれているので、行ってこようと思っています。

東京ステーションギャラリーで開催中の『みちのく いとしい仏たち』です。

仏像を造る際の決まり事である儀軌に縛られず生み出されたとの事で、荘厳な仏像とは一味違うユニークな仏さまたち。

この展覧会の監修をされた、弘前大学名誉教授の須藤弘敏先生は、「みちのくの仏像は、なぜかわいいのか?」と頻繁に聞かれるそうで、その答えが「北東北では、それだけ悲しいことや悔しいこと、辛いことがたくさんあったから」だそうです。

(引用元:https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1552568.html)

上の記事もとてもおもしろいです。

過酷な自然環境の中、厳しい生活を支えた信仰の世界が垣間見れるのではないでしょうか。

2024-01-19 23:45:00

国際宝飾展

東京ビッグサイトにて1/20まで開催中の『国際宝飾展』へ行ってきました。

宝石の祭典というだけあって、右を見ても左を見てもキラキラの宝石群。

巨大な会場でウロウロ、雰囲気を楽しんできました。

私たちはふだん御徒町や浅草橋の問屋街で、一般向けに小売りもしてくれる店で仕入をしています。

宝飾展は、ふだん入れないような業者向けの店が出店していて、商品を見る事ができて良かったです。

もちろん収穫も!

姉が大枚をはたいて、素敵な素敵な石を仕入れました。

↓ アフガナイト。もともと産出も少なく、高品質な物は貴重だそうです。

とても綺麗ですよ。作品になるのが楽しみです。

アフガナイト.jpg

私は、(まさかお姉ちゃんがこんなに高級な石を買うなんて!)と心中ひそかに思っていましたが、綺麗であまり見ないものだし今日の出会いだから、という事で覚悟したようです。

それだけ魅力的な石だといえますね。

購入した後も何度も出しては眺めていましたから。

きっと作品になって誰かのお手元に届いたら、うっとり眺めてしまうと思う。吸い込まれるように綺麗だから。

私は優しいオレンジ色の雫型のムーンストーンを購入しました。

アフガナイトよりお値段もだいぶ優しかった。(笑)

オレンジムーンストーン.jpg

適当に撮ったものなので、写真がいまいちですが、実物はニュアンスのあるカラーでとてもいいですよ。

満足のいく買い物が出来て、展示会へ行って良かったです。

これから製作して、作品の発表が楽しみです。